大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

横浜地方裁判所 昭和53年(行ク)11号 決定 1978年10月02日

申立人 原信治郎 外一五名

被申立人 横須賀市建築主事

主文

本件申立をいずれも却下する。

申立費用は申立人らの負担とする。

理由

第一申立の趣旨及び理由の要旨

申立人らの本件申立の趣旨は、「被申立人が昭和四八年一二月一四日エヌケイ物産株式会社に対し確認番号第六四六五号をもつてなした建築確認処分の効力は、本案判決が確定するまでこれを停止する。」というにあり、その理由の要旨は、次のとおりである。

一  (建築確認処分)

1  申立外エヌケイ物産株式会社(以下「申立外会社」という。)は、別紙物件目録記載の土地(以下「本件土地」という。)に四階建マンシヨンの建築を計画し、被申立人に対し、右建築の確認申請をなした。

2  被申立人は、右申請に対し、昭和四八年一二月一四日確認番号第六四六五号をもつて建築確認処分をなし、そのころ申立外会社に対し、その旨通知した。

二  (建築確認処分の無効)

1  本件土地は、宅地造成等規制法(以下「宅造法」という。)三条に基づき建設大臣により宅地造成工事規制区域に指定された区域内にある。

2  本件マンシヨン建築計画によれば、約四〇度の傾斜面の中腹にあつて道路の路肩となつている本件土地南側部分を、道路の谷側縁線に沿い約四メートルも切土して本件土地に平坦な土地を作り、そこに四階建のマンシヨンを建築するというものである。

3  ところで、宅地造成工事規制区域内において、宅地造成に関する工事を行なうには、造成主は、当該工事に着手する前に、建設省令で定めるところにより、都道府県知事の許可を受けなければならないとされている(宅造法八条一項)。そして、宅地造成とは、「宅地以外の土地を宅地にするため又は宅地において行なう土地の形質の変更で政令で定めるもの」とされており(同法二条二号)、政令で定める土地の形質の変更として、宅造法施行令三条に、「切土であつて、当該切土をした土地の部分に高さが二メートルをこえるがけを生ずることとなるもの」等四種の定義が挙げられている。

4  従つて、宅地造成工事規制区域内で山林を宅地に変更し、かつ、四〇度の急斜面を四メートルも切土して、その敷地を造成して行なう本件マンシヨン建築工事には、宅造法の適用があるにもかかわらず、被申立人は、切土をしても、建物が建てば切土面が建物に密着して片側地下室になるのであるから宅地造成にならないとして、同法の適用を着過し建築確認処分をなした。

5  しかしながら、宅造法は、急傾斜地のがけくずれのおそれの強い地域を宅地造成規制区域に指定して、宅地造成のため(すなわち建築目的のため)切土や盛土等急傾斜地の形状を変更する行為につき、技術基準を定めて知事の許可にかからしめているのであり、被申立人の解釈では、がけ地切土面に密着して建築しさえすれば、どのような工事でも右宅造法による規制を免れてしまうことになり、同法九条の定めるがけくずれ災害防止の厳しい技術基準を免れてマンシヨン等高層建物を建築しようとする業者の利益にはなつても、公共の利益とは無縁である。

そもそも、宅造法八条の許可手続は、規制区域内の所定の切土盛土につき、予定されている建物の構造如何によつて除外していないことに注意すべきである。

同法は、急傾斜地を切土して平坦地を形成した後、その土地にどのような建物が予定されていようとも、規制区域内において二メートル以上切土する場合には、土砂を削り取る工事の前に所定の許可手続を強制することによつて、乱開発から国民を守ろうとするものである。「切土」ではなく「掘削」だなどという言葉のあやでごまかして、業者に対し許可手続そのものを経ることさえも免れさせようとする行政行為は、宅造法そのものを骨抜きにするにも等しい著しい脱法で許されるべきではない。

6  以上のとおり、宅地造成工事規制区域内において、道路の路肩である急斜面を四メートルもの切土をして平坦地を作り、高層建物の敷地とするにもかかわらず、宅造法八条所定の神奈川県知事の許可を受けずに宅地を造成するのは違法であり、これを、建物の一方の壁を切土面に密着すれば、同法の適用を免れるとして、敷地に関する法律に違反して被申立人がなした建築確認処分には明白かつ重大な瑕疵があり、無効である。

三  (当事者適格)

申立人らは、本件土地に隣接する三メートル幅の道路を隔てて下方低地に居住する者であり、敷地に関する技術基準を定めた宅造法に違反する本件がけ地マンシヨン建設によつて、がけくずれ、建物倒壊により生命身体及び財産に対し直接災害の危険を受ける者であり、がけ下住民として、宅造法、建築基準法により災害から保護されるべき法律上の利益があるところ、昭和五三年八月一一日横浜地方裁判所に対し、前記理由により本件建築確認処分の無効確認を求める訴を提起した(同裁判所昭和五三年(行ウ)第三一号事件)。

四  (回複の困難な損害及び緊急性等)

1  申立外会社は、右建築確認通知を得て、昭和五一年一〇月ころ道路沿いに本件土地を四メートル以上垂直に切土して宅地造成工事に着手したが、住民の反対や請負会社の倒産などのため一時工事を中断していたところ、昭和五三年三月一九日ころ雨のため切土面が崩壊し始め、横須賀市長は、先に発した防災工事施工の勧告の実施を新たに請負つた申立外花崎産業株式会社に要求し、同会社は防災工事と称して工事に再び着手した。ところが、防災工事の名のもとに同会社が行なつている工事は、高層建物建築工事そのものである。これは、斜面の垂直切土面に建物を密着して作れば、建物そのものががけくずれ防止に役立つという理由によるものと思われるが、すでに一階部分の外壁はできあがつており、このまま工事が続行し完成してしまえば、宅造法違反の明白な事件において、申立人らがけ下住民が回復し難い損害をこうむることは明らかであり、また、本件建築確認処分の効力の停止を求める緊急の必要がある。

2  すなわち、申立人らがけ下住民にとつて、マンシヨンの建築が、その敷地について宅造法の規制をうけることなく完成した場合、予想される被害は、いつ襲うとも限らない地震や大雨によるがけくずれや建物倒壊による生命財産に対する災害や日照被害であつて、そのような危険状態に身をさらされることになる申立人らが回復し難い損害をうけることは明らかで、これが完成し入居者が居住するようになれば、違法な建築物の取り毀しには、莫大な費用と労力を要するのであつて、建築が着々と進んでいる今日、建築確認処分の効力の停止は緊急に必要である。

3  なお、本件建築確認にかかる建物は、申立外会社がマンシヨンとして分譲するために計画しているもので、建築確認処分の効力を停止しても公共の福祉には何ら影響がない。

第二これに対し、被申立人は、主文同旨の裁判を求め、要旨次のとおり意見を述べた。

(申立の理由の要旨に対する認否)

一  申立の理由の要旨一の事実は認める。但し、四階建とあるが、地下一階地上三階建である。

二  同二の1の事実は認める。

同二の2の事実のうち、本件土地のうち南側の道路に接する部分を約四メートル(少ない所は約二・五メートル)の深さで掘削(根切り)をして建築するものであり、かつ、地下一階地上三階の建物であることは認める。

同二の3の事実は認める。

同二の4の事実のうち、本件工事が山林を宅地に変更するものであることは認め、その余は否認ないし争う。本件土地の斜面の角度は二七ないし三六度であり、切土ではなく地下一階を建築するための掘削である。なお、右掘削は、宅地造成ではなく、建築と一体と認められる掘削行為であり、建築行為の一部であるから建築確認処分は適法である。

同二の5及び6の主張は争う。

三  同三のうち、申立人らの訴提起の事実を認め、その余の主張は争う。

四  同四の1の事実のうち、住民の反対及び当初の請負会社倒産のため一時工事を中止したこと、横須賀市長が昭和五三年二月二八日申立外花崎産業株式会社に対し、工事現場の危害防止について勧告したことは認める。なお、着工の時期は昭和四八年一二月二〇日ころである。

(被申立人の主張)

一  建築に際し、切土または掘削が行なわれる場合についての規制は、建築基準法及び宅造法に定められ、規制の必要なものについてはいずれかの法により規制されるようになつている。同法施行令は、切土または盛土をした土地の部分に生ずるがけ面は、擁壁でおおわなければならないと規定しており、同令六条ないし一六条にその構造等を定めている。建築基準法施行令は、その一四二条に擁壁の構造を定めている。

右両政令は、いずれも、切土または盛土によりがけ面を生ずる場合の規定であつて、建築物とがけとの間が離れている場合のみに関するものであり、建築物の構造の一部が地表下に建築され、がけ面が生じない場合は含まれないのである。

なお、擁壁を要する場合についても、宅造法施行令九条は擁壁の構造、強度に関し、建築基準法施行令の規定を準用しており、どちらの規制によつても同様の強度となるのである。

二  本件のように、建築物の一部が地表下に建築され、土地が掘削されてもがけ面が生じない場合、換言すれば土地の掘削行為が建築行為の一部である場合について、右掘削行為が宅造法に定める切土に当るかについては、建築基準法、宅造法の解釈上も建築行為の一部であり、同法に定める切土には入らないとされ、建設省も、昭和三九年四月一三日広島県土木建築部から出された照会に対し、建設省住宅局宅地開発課長名をもつて回答し、この場合には、宅地造成等規制法施行令五条の擁壁に当らず、同法の規制を受けない旨の見解を明らかにしている。

三  以上のように、本件における掘削は宅造法に定める切土でないし、また切土によつてがけ面が生ずる場合でもないから、本件建築確認処分は適法なものであり、本件申立は理由がないものと思料されるのである。

第三当裁判所の判断

一  申立外会社が被申立人に対し、本件土地にマンシヨンを建築するための確認申請をなしたところ、被申立人が昭和四八年一二月一四日確認番号第六四六五号をもつて建築確認処分をし、そのころ申立外会社にその旨を通知したことは、当事者間に争いがない。

二  本件土地が宅造法三条に基づき建設大臣により宅地造成工事規制区域に指定された区域内にあることは、当事者間に争いがなく、疎明資料によれば、申立人らが居住する土地は、いずれも、傾斜地の中腹にある本件土地の北下方低地にあることが一応認められるところ、申立人らは、昭和五三年八月一一日横浜地方裁判所に対し、本件申立と同旨の理由で本件建築確認処分の無効確認の訴(同裁判所昭和五三年(行ウ)第三一号事件)を提起した。

三  ところで、申立人らは、本件建築確認処分の無効事由として、「本件建築物の敷地は高さ四メートルも切土されることになつているのであるから、建築物の敷地に関する法律である宅造法にいう宅地造成に該当し、同法八条一項の許可を受けなければならないのに、被申立人は本件建築物の確認をするに際し、同法の適用を看過し、右許可のないまま確認処分をした明白かつ重大な違法がある。」と主張するが、これに対し、被申立人は、「建築物の一部が地表下に建築され、建築行為の一部として土地を掘削し、がけ面が生じない場合には、右掘削は、同法にいう宅地造成に該当せず、同法の適用を受けない。」旨主張するので、この点について判断する。

1  宅造法によれば、宅地造成工事規制区域内において宅地造成に関する工事を行なうには、造成主は事前に都道府県知事の許可を受ける必要があるところ(同法八条一項)、右にいう宅地造成とは、宅地以外の土地を宅地にするため又は宅地において行なう土地の形質の変更で政令で定めるものとされており(同法二条二号)、右政令の定めの一つとして、同法施行令三条一号は、「切土であつて、当該切土をした土地の部分に高さが二メートルをこえるがけを生ずることとなるもの」と規定している。

なお、同令にいう「切土」とは、宅地造成である切土をいう(但し、同令三条を除く。)とされ(同令一条一項)、また、同令にいう「がけ」とは、地表面が水平面に対し三〇度をこえる角度をなす土地で硬岩盤(風化の著しいものを除く。)以外のものをいい、「がけ面」とは、その地表面をいうとされている(同令一条二項)。

従つて、同令三条一号にいう土地の形質の変更とは、切土によつて、当該切土をした土地の部分に右同令一条二号にいう「がけ」を生ずることとなる場合をいうことになる。

2  そこで、建築工事において行なわれる地階の根切り工事その他の根切りないし掘削工事であつて、右根切りないし掘削された土地部分に建物の建築等がなされるまで一時的にいわゆるがけが生ずるような工事が、同令三条一号にいう土地の形質の変更に該当するかを検討する。

宅造法は、宅地造成に伴いがけくずれ又は土砂の流出を出ずるおそれが著しい土地の区域において、宅地造成に関する工事等についてがけくずれ又は土砂の流出による災害の防止のため必要な規制を行なうものであり(同法一条、二条三号)、そのため、宅地造成規制区域内において行なわれる宅地造成に関する工事は、政令等で定める技術的基準に従い、擁壁又は排水施設の設置その他宅地造成に伴う災害を防止するため必要な措置が講ぜられたものと認められない場合には知事の許可を受けられないとし(同法八条二項、九条一項)、同法施行令は、切土又は盛土をした土地の部分に生ずるがけ面は、原則として擁壁でおおわなければならず、擁壁でおおわないときは、そのがけ面は、石張り、芝張り、モルタルの吹付け等によつて風化その他の侵食に対して保護しなければならないとしている(同令五条一項、一二条)。

右のとおり、宅造法は、いわゆる宅地造成工事に伴い発生するおそれのあるがけくずれ等による災害の防止のため、原則として、切土又は盛土によつて生じたがけ面に一定の技術的基準にある擁壁の設置を義務付けているものであるが、建築工事において行なわれる地階の根切り工事などによつて生ずるがけ面が、右工事に続く建物建築工事の間一時的に生ずるにすぎない場合には、建築工事完了後に前記がけ面のがけくずれ等による災害防止のため擁壁等の設置をする余地はないのであり、また、建築工事等における根切り工事その他基礎工事に際しての危害の防止については、建築基準法施行令一三六条の三に必要な措置が規定されている。右のように、建築工事に伴い一時的にがけ面が生ずるにすぎず、全体としての工事完了後にがけ面の生じない場合は、宅造法施行令三条にいう、「がけを生ずることとなるもの」には該当せず、従つて、かような工事は同条一号にいう土地の形質の変更にはあたらないと解するのが相当である。

3  本件土地が宅地造成工事規制区域内にあることは前記のとおりであり、本件マンシヨン建築計画によれば、本件土地のうち南側の道路に接する部分を約四メートルの深さで切土(根切り)をしてマンシヨンを建築するものであることは、当事者間に争いがない。また、疎明資料によると、本件マンシヨンは、その建築計画によれば地下一階地上三階(一部二階)建であり、右地下階の南側壁面が前記切土(根切り)をして生じた面と密着して建築されるため、がけ面が生じない計画になつていること、なお、本件マンシヨン建築工事は、申立人ら付近住民の反対運動や当初建築を請負つた業者の倒産などのため一時中止されていたが、その後の建築行為の進捗により、現在すでに地上二階部分まで建ち上がり、建物南側は幅員六メートルの道路に接していて、南側道路に沿つて切土(根切り)をした部分にがけ部分は生じていないことが一応認められる。

4  右のとおり、本件マンシヨン建築工事に伴う約四メートルの切土(根切り)は、地下階建築のための切土(根切り)であつて、地下階の壁面が切土面に密着して建築され、建築工事完了後にはがけが生じない計画であり、現にそのように工事が施工されているのであつて、右工事は、宅造法施行令三条一号にいう土地の形質の変更には該当しないというべきである。

従つて、被申立人のなした本件建築確認処分に申立人ら主張の無効事由を認めることはできない。

四  以上によれば、申立人らの本件申立は本案について理由がないとみえるときに該当するものとして、いずれも却下を免がれず、申立費用の負担につき、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条、九三条を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判官 宍戸清七 三宅純一 桐ケ谷敬三)

(別紙物件目録、省略)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例